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<前回までのお話>
何度つっぱねても動じない土屋の強引なアプローチに流され、ついつい一緒に暮らすことになった三井。
しかし、ふたりの関係は、土屋の望む「両思い」にはまだ程遠い。
そんなふたりを襲う、初めての波乱。
誰にも内緒にしているはずにもかかわらず、知らないうちに、三井の上司・安西部長に同棲がバレていたらしい。
こっそり呼び出されて渡された引っ越し祝いの中身は、なんと夫婦茶碗だった。
動揺を隠せない三井に、安西部長は、ほっほっほっ、と笑ってひとこと。
「だって君、転居届に書いてる住所、バカ正直にも土屋君と一緒じゃないですか」――と。
<第5話:瓢箪から駒>
定時後、ひと気の消えたオフィスにて。
「安西部長にいただいたものだからな、使わないワケにゃいかねぇだろ。おまえも自分の分、ちゃんと自分で持って帰れよ」
その言葉に、土屋は「あー…うん」と言いながら三井の手元をじっと見た。
「なんだよ、イヤなのかよ?」
とにかく重いのを持って帰るのが億劫だった。ただ単にそう考えて、小さい湯呑みを三井は取ったのだ。
が、土屋の反応は、何だか妙な含みがあるようで落ち着かない。
「いや、オレは三井とおそろやから嬉しいけど…」
「けど、何だよ」
まさか安西部長にもらったのがイヤだとか言い出すんじゃねーだろうなぁと思いつつも、土屋の言葉を待つ。
(ンなこと言うなら、ただじゃおかねぇ)
物騒なモノローグなど聞こえちゃいないだろう。土屋はしばらく考えた様子で、おもむろに口を開いた。
「おまえ、そっちでええの?」
「は?」
「…や、ちっさい方でええんかなぁ…て」
「あの…えっと…」
「それ、奥さん用やけど」
そう言われてようやく三井は、自分が手にしているのが「妻用」湯呑みだということに気がついた。
「な…っ、いや」
「なに?」
「おい、そっち寄越せ!」
今度は、土屋が手に取りかけていた大きい湯呑みを奪い、自分の持っている小さい方を土屋に押し付ける。
ふたたび、湯呑みをじっと見つめる土屋。
何を言われるかとビクビクしながらも、三井の中には『安西部長にもらったものを使わない』という選択肢など存在するはずもない。
「三井…」
「なっ、なんだよ!」
「ふつつか者ですが、末永くよろしく」
「…って、えぇ?!」
焦って湯呑みを取り落としそうになる三井。三井の手からつるりとこぼれた大きな湯呑みを、土屋は片手で難なくキャッチ。
そして、にこりとどめのひとこと。
「あかんやん、そーいう時は『幾久しくお受けいたします』て言わな」
「…へ――」
「オレが奥さんやねんな?」
小さい湯呑みのことを言いたいらしい。だが、それ以上の深い意味があるのは火を見るより明らかだ。
「…――」
「オレは別にそれでもええでv」
脱力したまま、その場に突っ伏しそうだった。しかし三井も負けてばかりはいられない。すかさずツッコミを返すべく言葉を捜す。ここで退いてはならない。この男との付き合いは伊達ではないのだ。
「その状況でその台詞は間違ってんだろっ!」
――けれど、三井はまずツッコむ場所を間違っていた。
そして、やはりというか何と言うか、土屋の方が一枚上だった。
三井に対する伝家の宝刀、これを使えばどうあってもひれ伏せざるをえない、黄門さまの印籠を出して来る。
「せやなぁ…結納は仲人さんにもろたモンではあかんもんなぁ…ちゃんと買わななぁ…」
「…なこ…うど?」
誰が、とは訊くまでもない。
この夫婦茶碗をくれたひとは、ほかの誰でもない「あのお方」なのである。
三井が唯一、社内で頭の上がらないお方。
たとえどんな理不尽なことでも、かの人の命令とあらば、天の果てでも地の限りでも、三井は業務遂行のために赴いてしまうはずだ。いや、そもそもそんな理不尽なことを、あの部長が三井に命ずるワケはない。
だが、その単語とあの敬愛する部長とが結びつくはずもなく。
いったいどういうコトだ、問おうとした三井より早く、土屋は畳み掛けるように続けた。
「心配せんでも、部長の了解は取ってあるし」
「…なに?」
なにやら、大層不穏な言葉が聞こえた気がする。
だが、三井の不安など知らぬ素振りで、うさんくさい笑顔の同僚は、胸ポケットから手帳を取り出した。
「次の大安は、姪ごさんの結婚式やからあかんけど、それ以降やったらいつでもええて」
それはその、つまり、だ。
認めたくも信じたくもなかったが、要するに『そういうこと』なのだ。
(ぶーちょーうー…)
こともあろうにこの男は、安西部長まで味方につけてしまっているらしい。
「ありがたいこっちゃ♪」
な?と三井の顔を覗き込み、これでもかと言わんばかりの全開の笑み。しかし、やはりうさんくさいコトには変わりはない。
いつにする?という問いかけに、答える気力も今はなかった。
一応ゲンのもんやから、仏滅はやめとこな〜、と付け加えられた台詞にツッコミを入れる力も。
ただとりあえず、大安とか仏滅とか友引とかいうのくらいは聞いたことがある。そして、最近普通に売っている手帳などにはあまり載ってなくて(三井が子供の頃、父親の手帳には載っていた)探すのが結構面倒なのだということも何故か知っている。
それから、どういうワケだか目の前の男の手帳には、きっちりそれが記載されていることも。
(はー…)
仕方なく三井は、自分のデスクの上にある手帳を無造作に土屋に差し出した。
「もー、てきとーでいい…」
三井寿、通称・あきらめの悪い男。
だが、どうにも流されやすい男であることも、また事実なのだった。
つづく。
<次回予告>
「おまえ、ちゃんと後で部長に『コレ』の礼状出しとけよ!」と土屋に責任転嫁しようとした三井。
しかし土屋は「なんでやの。引越したんはおまえだけやん。おまえが書かなあかんやろ」と、ばっさり。
だが、そんなことを言いながら、実は影でこっそり連名の転居ハガキを周囲に出しまくっていることが判明。 キレる三井に土屋が放った台詞とは――。
次回、いよいよ最終回、
<第6話:仲善きことは美しき哉。>をお楽しみに!!
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芳崎せいむさんのマンガ・名作「エレベーター」の主人公カップルが、なんだかとっても土三くさいvという思い込みの末、その作品を脳内土三変換し、あまつさえ勝手に妄想をあちこち肉付けして暴走してしまったシロモノです(笑)。
元ネタのマンガ自体とても面白いし、ほかのエピソードもことごとく土三変換して読めてしまうんですヨ♪
強引なのに健気な攻めと、怒鳴りながらもうっかりほだされてしまう受けの力関係のバランス、
ふたりの噛み合わない掛け合いと、息が合ってないようでいて実は相性バッチリなあたりが、とっても土三チックなのでした。
* 解説・SSとも、日記ログを編集・加筆修正を加えたものです。
* <前回までのお話>部分と、<第5話>導入のごく一部は、元ネタ漫画のエピソードをそのまま土三変換しています。
* ちなみに次回はありません。
* 前回までももちろんありません(笑)。
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