「ごめんな」
血に濡れた三井の手がメトロ・テカ・クロムの嵐でやすりにかけられたようになった土屋のパーツを撫でた。しかし騎士もファティマも欠いた今の土屋にはモーター音を響かせることしかできなかった。
「けど、それが俺の最後の願いなんだ。だから…」
草原は先程までMH戦が繰り広げられていたとは到底思えない長閑さで、土屋の足下で動かなくなった三井を永遠の眠りへと誘った。頭上には美しい青空が広がっていた。
・ ・ ・
藤真は星団に轟く二つ名を持つ騎士を工房で出迎えた。
「返品?」
予想にもしていなかった騎士の言葉に、藤真はその言葉を鸚鵡返しに言うしかできなった。しかし目の前の騎士から返ってくるのは肯定だ。
「何か不都合な点でも?」
「まぁ、そうなんですが」
困ったようなゼスチャーをして見せた騎士に、藤真は作業の手を止めて騎士の乗ってきたドーリーの側まで歩み寄る。ドーリーには1ヶ月ほど前、藤真がチューニングしてこの騎士に引きあわせたマシンが乗っている。
「俺のセットアップになんか問題でもあったか? おまえと土屋の相性はかなりいいと思うんだけど」
ドーリーから引きだしたMH・土屋のコクピットにのりこんで、藤真は手早くコントロールパネルを叩きだしたが、これといって不審な点は見当たらない。
「俺もそう思ってたんですけどね……」
じゃあ何が問題なのか、とコクピットから藤真は身を乗り出して下に立つ騎士を見下ろした。
「見ればわかりますよ。そのまま土屋を外に向けてみてください」
藤真は言われるまま土屋のフェイスをオープンし、大きく開かれた工房のシャッターから庭先を見させた。
モニターカウル、ヘッドアップディスプレイ、すべてのモニタによく晴れたうららかな景色が映し出されていた。何がおかしいというのだろう?
「そのまま、ファティマの方のコクピットへ行ってみてもらえますか」
外からかけられた声に、藤真が胸部コクピットからヘッドへ移る。しかしこれといって------。
「ん? 電圧が…?」
藤真の手元の表示が不安定に揺れていた。
「ファンクションタービンの異常? いや、そんなはずは…」
独り言のようにつぶやいた言葉に、騎士の声がかぶった。
「メインモニタをよく見てください」
「メインモニタ?」
ふと見遣ったその先には何の変哲もない長閑な景色が映し出されている。
モニタの何がおかしいんだ、と騎士に言おうとしたその時、気がついた。
「これは…どこの景色だ?」
映し出されているのは見渡すかぎりの草原。澄んだ青空をゆっくりと雲が流れている。
「一体----」
本来映し出されるはずの工房のシャッターと庭先は、モニタのどこにも映っていなかった。
・ ・ ・
夜や悪天候の時は何も起こらないのだという。こんなふうによく晴れた日に動かすと必ずファティマ側のモニタだけが、ただ何もないよく晴れた草原を映し出すのだという。
すでに騎士は土屋を置いて帰り、日も暮れていた。土屋のファティマコクピットのモニタに異常は見られない。
「そんなに好きだったなら、なんであの時一緒に崩れちまえなかった?」
藤真はコクピットの中で、土屋を回収してきたときのことを思いだしていた。
「三井に言われたか----」
最後の一撃はほとんど相打ちだった。とっさに三井は胸部コクピットから騎士を脱出させて自分も空に身を躍らせたが、おそらくベイルを真っ二つにされた時のバッククラッシュが彼の利き腕に来ているだろう。剣聖と言われた騎士だが、さすがにもう老いている。
長時間のMH戦の上に脱出した騎士の体は万全ではない。さらに土屋と対で作られた自分という星団でも特出した戦闘能力を持つMHとファティマをして、互角に渡り合った騎士がみすみす敵を見逃すはずもない。もちろん相手も負傷しているだろうが、なんど試算してみても三井のマスターが生存する確率は高くならなかった。
マスターを追おうとする騎士に光剣を構え阻止しようともしたが、それも相手のファティマに身を呈して阻まれ、騎士もマスターも見失った。あたりは相手の捨てられたMHがあげるイレギュラーなエンジン音で満たされていた。
しかしその音もしばらくすると間遠になる。10分も経たないうちに先程までの戦場は静寂を取り戻した。三井はマスターならきっと死んだりしない、とわがままを押し通そうとする子供のように自分に言い聞かせ、重い体を引きずって土屋のもとへ舞い戻った。
「…お疲れ、土屋」
いままで何百と土屋と一緒に戦ってきたが、ここまで土屋を傷つけたのは初めてだった。そして自分の体からこんなに血が流れているのも。
なんとか土屋の足下まで戻りはしたが、自分の死がそう遠くない未来であることを三井は自覚していた。
「…なぁ、俺の頼み、聞いてくれるか?」
先の戦いでエッジを削り取られた土屋のヒールのあたりを撫でながら、三井は言った。つぶやくような声だったが、土屋には聞こえたようで、胸部バイパスの辺りから肯定のモーター音が響いてきた。
「おまえにもわかんだろ…俺がもうすぐ死ぬってこと」
気弱になる三井を励ますような音がジェネレーターから聞こえてきたが、でも、と三井はそれを遮った。
「でも土屋には生き残って欲しい。そりゃ、一緒に開発された俺がいなくちゃマックス値は叩き出せないだろうけど、おまえだったら標準の騎士とファティマだって一流と呼ばせることができる」
三井は土屋の装甲にすがりながら、機械に踏みしだかれた草の上にゆっくり腰を下ろした。座った途端、一気に体から力が抜けていく気がするのが不思議だった。
「俺もおまえも…戦うために作られて、負ければMHとかファティマとか使い捨てられるけど…でも、おまえだけでも、残って」
人を殺すためだけの道具じゃない、って。
「ごめんな」
三井の手がメトロ・テカ・クロムの嵐でやすりにかけられたようになった土屋のパーツを撫でた。しかし騎士もファティマも欠いた今の土屋にはモーター音を響かせることしかできなかった。
「けど、それが俺の最後の願いなんだ」
だから、
頼むよ----生き残ってくれ
草原は先程までMH戦が繰り広げられていたとは到底思えない長閑さで、土屋の足下で動かなくなった三井を永遠の眠りへと誘った。土屋の目はいつまでも美しい青空をとらえ続けていた。
「三井も酷なことする」
今はもう、正常に周囲を映し出している土屋のメインモニタを見つめながら、藤真はつぶやいた。
たとえどんなに強くても
「戦闘を拒否するMHなんて」
もうMHじゃないだろうが------。
藤真は涙をこらえるようにまぶたを閉じた。目を閉じるとまざまざと青空が脳裏に広がった。昼間、土屋が見せたあの草原の青空が。
無機生命体の恋(ちさばーじょん)
■恋って感じじゃなくなっちゃったけど、aさんに捧ぐ(笑)■
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